東長寺(大多喜町)

東長寺(大多喜町)

東長寺は夷隅郡大多喜町田丁にある曹洞宗の寺院です。 由緒書によると、永生十一年(1514)の建立と記されてありますが、天文元年(1532)であるという説もある。開基は、大多喜根古屋(ねこや)城主武田信清で開山は、大岩大和尚と記されています。

基本情報

東長寺(とうちょうじ)
住所夷隅郡大多喜町田丁175
電話
拝観時間自由
拝観料金無料
宗派/山号・寺号曹洞宗/
本尊・寺宝蜀江錦法衣
本田家所用の御膳
熊姫愛用の金欄架裟
創建永正11(1514)年と伝えられるが
天文元年(1532)であるという
説もある。
御朱印なし
駐車場境内入り口付近に数台
トイレなし
アクセスいすみ鉄道大多喜駅から
徒歩約14分

東長寺に行くには、県道172号線の大多喜町紺屋のT字路を曲がります。

田園地帯にあります。

境内入り口付近に駐車スペースがある。

参道

参道と本殿

境内は手入れがされキレイ。

石灯籠と本殿

本殿

東長寺の由緒書の立看板

東長寺由緒書

  東 長 寺  曹洞宗

 この寺は、寺に伝えられた由緒書によると、永生十一年(一五一四)の建立と記されてありますが、天文元年(一五三二)であるという説もあります。
 開基(寺を建てた人)は、大多喜根古屋(ねこや)城主武田信清(のぶきよ)で開山(寺を開いた僧)は、大岩(だいがん)大和尚(おしょう)と記されています。
 武田氏・正木氏など戦国期城主の菩提(ぼだい)所でありました。その後、本多忠勝(ただかつ)の長男忠政(ただまさ)の夫人熊(ゆう)姫の信仰篤く位牌所(いはいじょ)にもなりました、
 熊姫は、徳川家康の長男信康の二女として生まれ天正十八年(一五九〇)十四歳のときに大多喜城へ輿入(こしい)れをして、やがて長男忠刻(ただとき)・二男政朝(まさとも)らの生母となりました。
 寺には、武田氏の系譜・城主正木大膳亮(だいぜんのすけ)時茂の墨書銘(ぼくしょめい)のある蜀江錦法衣(しょっこうにしきほうえ)・本田家所用の御膳(おぜん)・熊姫愛用の金欄架裟(きんらんけさ)などが伝えられていて、県立南総寺博物館(大多喜城)に収蔵され、町指定文化財になっています。
 平成二年三月
        大 多 喜 町
<境内立看板より>

東長寺歴住塔

境内の様子

落ち着いた境内です。

 武田氏・正木氏など戦国期城主の菩提所であり、その後、本多忠勝の長男忠政(ただまさ)の夫人熊(ゆう)姫の位牌所にもなった東長寺でした。

近くに、大多喜城大多喜県民の森があります。

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