鳳来寺観音堂

鳳来寺観音堂(市原市)

鳳来寺観音堂は市原市にあります。かつては善福寺の建物であり、現在地から西約150メートルの場所にありました。 明治16年、善福寺が曹洞宗の麒麟山鳳来寺に合併され廃寺になってからは、鳳来寺の観音堂となった。国指定重要文化財です。

基本情報

鳳来寺観音堂
住所市原市吉沢237番1
電話0432-23-4082
拝観時間自由
拝観料金無料
宗派/山号・寺号曹洞宗/麒麟山
本尊・寺宝
創建室町時代後期
御朱印なし
駐車場あり
トイレなし
アクセス小湊鐵道 里見駅から
市原鶴舞バスターミナル行きに
乗車、「吉沢入口」バス停下車
徒歩11分

鳳来寺観音堂に行くには、市原市新井の県道171号線を南にまがり500メートルほど走ります。

境内に駐車スペースがある。

鳳来寺

お寺にしては変わった建物です。

「曹洞宗麒麟山 鳳来寺」の扁額

道を挟んで反対側に観音堂がある。

観音堂入口

観音堂

室町時代後期の建立です。

正面右側から見た観音堂

後方右側から見た観音堂

軒は二重の扇垂木(おうぎたるき)で、二手先詰組(ふたてさきつめぐみ)を用いている。

由緒書

I Museum     国指定重要文化財
 鳳来寺観音堂
       昭和6年12月14日指定
       所在地 市原市吉沢237番1
 鳳来寺観音堂は、かつては善福寺(ぜんぷくじ)の建物であり、現在地から西約150メートルの場所にありました。善福寺は、南側の山上に築かれた吉沢城(きっさわじょう)を鎮護するための寺であったといわれています。吉沢城は、北東約1,2キロメートルにある平蔵城(へいぞうじょう)の支城として築かれたとされており、平蔵城主であった土橋(どばし)氏一族の、土橋忠勝(どばしただかつ)の居城と伝えられています。 明治16年(1883年)に、善福寺が曹洞宗の麒麟(きりん)山鳳来寺に合併され廃寺になってからは、鳳来寺の観音堂となりました。昭和6年(1931年)に国宝に指定され、昭和25年に法制定に伴い重要文化財となりましたが、荒廃が著しかったため、昭和41年に解体修理が行われ、その際に善福寺旧地から現在地に移されました。
 堂の平面形は、桁行(けたゆき)・梁間(はりま)とも三間のいわゆる三間堂(さんげんどう)で、屋根は単層の茅葺寄棟造(かやぶきよせむねつ”くり)の建物です。内部の正面には一間幅の来迎壁(らいごうへき)があり、その全面に建築当初の須弥檀(しゅみだん)が置かれています。柱は粽柱(ちまきばしら)で、周囲に切目縁(きれめえん)をめぐらし、軒(のき)は二重の扇垂木(おうぎたるき)で、二手先詰組(ふたてさきつめぐみ)を用いています。内部の架構(かこう)や軒回りの組物(くみもの)には、禅宗様(ぜんしゅうよう)の特徴が見られ、国指定重要文化財の西願寺阿弥陀堂(さいがんじあみだどう)とならび、室町時代後期を代表する建物です。

  令和5年3月 市原市教育委員会
<境内立看板より>

鳳来寺観音堂は室町時代後期を代表する貴重な建物でした。

近くに、西願寺高滝神社があります。

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