光厳寺は市原市にある真言宗豊山派の寺院です。建武2年(1335)開基で、始め平野村創建され、その後田淵村へ移り、延宝8年(1680)頃に現在の地に移りました。一時は高瀧神社の別当寺を務めていた。本堂の欄間彫刻は、「波の伊八」の作品で、市有形文化財に指定、また両界大日如来坐像二軀・不動明王坐像一軀も市有形文化財に指定されています。

基本情報
| 光厳寺 | (こうごんじ) |
| 住所 | 市原市大和田380 |
| 電話 | |
| 拝観時間 | 自由 |
| 拝観料金 | 無料 |
| 宗派/山号・寺号 | 真言宗豊山派/泰長山東光院 |
| 本尊・寺宝 | 両界大日如来坐像二軀 不動明王坐像 欄間彫刻 |
| 創建 | 建武2年(1335) |
| 御朱印 | なし |
| 駐車場 | なし |
| トイレ | なし |
| アクセス | 小湊鐵道高滝駅から徒歩20分 |
光厳寺のとなりにある大和田町会会館の駐車場を利用します。

光厳寺

高滝平和観音

二宮金次郎像

本堂

向拝の蟇股

境内の立看板

市指定文化財(彫刻)
光厳寺本堂の欄間彫刻
所在地 市原市大和田三八0
指定 平成二十九年三月二十八日
光厳寺本堂の正面に取り付けられた欄間彫刻は、三面で構成されています。
中央の「波に龍」は、波間に身を躍らせて宝珠(ほうじゅ)を握る龍の姿が立体的に彫られています。龍の口内には赤彩が残り、保存状態は良好です。
「波に龍」の左右には人物像の欄間が配置されており、向かって左側の経巻(きょうかん)を持っている人物が「寒山」(かんざん)、向かって右側の箒を足元に置く人物が「拾得」(じっとく)です。二人は中国の唐代の詩僧(しそう)です。
中央の欄間の裏側に銘が刻まれており、江戸時代の彫物大工、武志伊八郎信由(たけしいはちろうのぶよし)(初代伊八)によって彫られたものであることが分かりました。初代の武志伊八郎信吉は、その技量に優れ、中でも迫力のある波の彫刻は伊八の作品の特徴で、このため「波の伊八」と呼ばれています。
平成三十年三月 市原市教育委員会
<境内立看板より>
「波に龍」

「寒山」(かんざん)

「拾得」(じっとく)

両界大日如来坐像二軀と不動明王坐像

本堂の中の様子

本堂庫裡増改築建設記念碑

光厳寺寺本堂庫裡増改築記念碑
光嚴寺は建武二年西暦一三三五年今から約六五〇年創建され其後幾多の変遷を経て延宝八年泰長山東光院光嚴寺として法印良秀師により中興開山され以来数十代住職により継承された誠に由緒ある寺院であり古くは高瀧神社(当時加茂大明神)の別当寺として権勢を振ったと傳えられる。
<境内記念碑より>
光厳寺は由緒あるお寺でした。
欄間彫刻は見応えがあります。

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